秋田の奇跡の真正性についての私の理解 

 

   私は1995年(阪神淡路大震災の年)、カトリック修道会・フランシスコ会を退会した後、2月11日から翌年2月11日までの

   一年間、秋田の聖体奉仕会準会員の家に寄宿し、礼拝と労働の生活の中で庭の整備開墾や巡礼者への奉仕を、

   安田神父や姉妹方と協力して過ごした者です。

   その後、私は函館トラピスト修道院(厳律シトー会)に入会しますが、様々な事情、特に家庭の事情などがあり、現在は

   社会に還俗してカトリック信徒として社会生活をしております。

 

   そのような立場にあるものとして、現在、秋田の出来事について感じていること、理解していることについて、下記に書き

   とめ、私の証しとしたいと思います。

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   1984年、聖体奉仕会のアドバイザーかつ設立者でもあり、当時の新潟教区長であった伊藤庄治郎司教(Bishop Shojiro Ito)

   によって、教区長の判断による再調査の結果、出来事の神秘的な超自然性と信仰における実りを認め、巡礼を許可する声明が

   だされ、その後、この声明は引き継がれ、後任の司教は撤回はされておりません。

   ( 1984年4月22日 「秋田の聖母像に関する司教書簡」 および 2002年年5月1日「佐藤敬一司教の公的回答書簡」 参照 )

   

   第一次調査委員会のマリア学者・故エバンジェリスタ神父(イエズス会)を中心とする委員会の調査報告には、”笹川姉妹は

   超能力者”と疑う発言があり、当時のカトリック教会の置かれていた過渡期的な時代の状況が反映していたと言わざるを得ません。

   この委員会の報告は、日本司教団に公式に渡されています。

   

   本来、信仰者である人間を、あいまいな根拠で”超能力者”などと言うことは、著しい人権への侮辱であり、修道女相手

   だから言うことのできた、権威者の妄想と言わざるを得ません。クリスチャンにとって、”超能力者”などと言われることは、

   魔女呼ばわりにも等しい侮辱です。

 

   クリスチャンは、神の子・主イエスへの信仰によって、主なる神への信頼を失わせ、人間の自我と欲望を満足させるだけの

   超能力や予知、占いなどを退けます。これは、イエス・キリスト御自身からの教えによることです。三位一体からの預言の霊の

   働きは、本質的に違うことで、”救いの為の道しるべ” ”教会への強めと励まし”です。

 

   しかも、”笹川姉妹は超能力者”という、科学的・現実的にまったく証明できない根拠なき噂は、当時全国のカトリック教徒に

   広範に噂として広まってしまいました。人権への侮辱に、さらに侮辱を上乗せしていました。

 

   このような状況を振り返ってみても、カトリック教会共同体の一部には、あいかわらず人権に対する無配慮や、権威の過ちに

   対する思考の停止による盲目的な対応などの中世的な”悪癖”が残存していると言えます。このような”悪癖”が、意識して注意

   していないと社会的な対応などで、現れてしまうのです。特に、中世期の修道霊性や学問に没頭した人々の中に、上記のような

   民主社会におけるアンバランスが、顕著に現れます。

 

   ”真理を伝える”使徒座(バチカン)は現在、伊藤司教(新潟教区長・当時)の1984年の再調査の声明をもって最終調査と受け

   取っており、それ以上、コメントしません。

 

   また、現代ローマカトリックの重要な預言奉仕者・司祭のマリア運動のステファノ・ゴッビ神父(FR. Stefano Gobbi)も秋田を数回

   訪れ、秋田において、そのカリスマ的な預言をもって、秋田の奇跡に霊的承認を与えています。

   笹川姉妹とステファノ・ゴッビ神父と言う、選びを受け、主に恵みを注がれた二人の預言奉仕者が世界の前に公けの証しを

   しているのですから、”信仰に基づく現実において”、真正であるということができます。

 

   仮に、笹川姉妹の伝えたことに、人間的、社会的側面から疑いがあったとしても、バチカンの重要な預言奉仕者、ステファノ・

   ゴッビ神父の秋田での証しによって、三位一体の摂理的な導きと霊の証明であることが、聖マリアの霊の働きの中で明らか

   にされているといって良いでしょう。


  

   このような過去を経過し、現在に至る状況の中で、様々な角度からの考察を踏まえて、現在示すことができる正しい識別とは

   何でしょうか。これらの過去から現在に至る全ての状況について、祈りと考察、体験的、霊的識別を繰り返してきた結果、私は

   ゆるぎなくお伝えしたいことがあります。 

   「秋田における三位一体の預言の霊の現われは、真実であり、神聖な出来事である。」と。


   


   笹川姉妹が第三のお告げを受け、それを長上に伝えた時、もはやすでに笹川姉妹には大胆に預言のカリスマが現われていま

   した。多くの不思議が、三位一体と聖母マリア、守護の天使の干渉の中で起きている真最中でした。預言のカリスマを注がれ、

   その現われの中にあった笹川姉妹の口から、聖母マリアのメッセージの言葉は伝えられました。

 

   この預言の言葉は、信仰者の証しとして聖職者に伝えられました。 注意しなければいけないことは、預言のカリスマの現われ

   ている信仰者から、その証しとして聖職者に伝えられたということです。これは取り消しえない、信仰者としての命をかけた天と地

   の御前での証しです。


   創世記に、"言葉"は、創造の源として書かれています(創世記1章)。創造主は、世界を創造されるはじめに、「光あれ」と"言葉"を

   用いられました。"創造主の霊に導かれた言葉"は、創造の光、創造のカリスマに結ばれています。しかし、私たち人間は、言葉と

   いうものが水や空気のように日常に偏在するので、その重大さと大切さに気づきません。むしろ、言葉と言うものを安易に考え、

   三位一体の霊のイニシアチブに基づかない言葉を縦横無尽に使って、世界の明日を破壊しています。

 

   笹川姉妹は、預言のカリスマの証しについて、非常に不利な立場にありました。秋田の預言の証人は、彼女一人であったから

   です。歴史的に見て、近年の他の聖母出現や三位一体の預言の伝達には、複数の証人が与えられていることが多くありました。

  
   司祭のマリア運動のステファノ・ゴッビ神父の秋田での預言の証しによって、秋田の預言の現れは、二人の証人を持ちました。

   これは、とても重大で注意深く考察すべきことです。

 


   聖母像の涙は数年間にわたって101回流され、多くの人々に目撃されました。これは、秋田大学での分析の結果、人の体液と

   しての水であることが証明され、人の体液が存在しないはずの聖母木像の表面でそれは"創造されて"現われました。

   ですから、否定することができない事実です。そして、このような"人体液である水の創造"ができるのは、創造主・三位一体

   以外にはありえません。


   しかし、預言のカリスマは、笹川姉妹しか証人がいなかったのです。ゴッビ神父を加えた、二人の誠実で偽りなき預言奉仕者の

   預言の証しによって、事実上の天からの承認になっていると私は考えます。

   

 

   三位一体の”真の”現存と臨在を軽んじ始め、世俗化の極みに入った世界は、自分たちの気に入らない預言のカリスマを冒涜して、

   "聖霊のイニシアチブに基づく言葉"を侮りました。

 

   これは、世界の”明日の創造”への冒涜と破壊です。

 

   注意しなければならないのは、主の恵みによって預言のカリスマを置かれた奉仕者たちは、多くは、”霊”に導かれて摂理的に

   自分が語っている内容のもたらす意味や結果について、本人が完全には知らされない状況の中で伝える、ということです。

 

   ステファノ・ゴッビ神父の、笹川姉妹の受けた預言との霊的一致の中で行われた秋田での証しは、公けに記録され、

   その後、出版されている司祭のマリア運動の預言集にも記録されており、本人から撤回されると言うこともありません。

   この司祭のマリア運動の預言集は、バチカンから承認されております。(1987年9月15日・秋田でのメッセージを参照)

 

   そして、ローマ教会が承認する預言奉仕者が、預言を撤回することなど、ありえません。それは、預言奉仕者自身の信仰者

   としての、主なる神の御前での責任に由来します。

 

   ステファノ・ゴッビ神父の受けたマリアの霊によるインスピレーションは、現代のカトリック教会に与えられた、最も重要な

   霊的ビジョンであり、ローマ教皇の回勅や勧告、使徒座の指針を考えていく際の、重要なインスピレーションの源泉の

   ひとつとなっています。

 

   預言奉仕者は、御存知のように旧約の時代から存在し、ペンテコステの後は、 “ 終わりの日、全ての人に私の霊を注ぐ ”

   という預言の通り、初代教会における信徒の預言奉仕者は、自由に聖霊に身を委ね、その促しのままに、直観によって口を

   開き、教会を立ち上げるため、強める為に預言のカリスマを用いていきました。

 

   ここで考えねばならないのは、公会議によって新しい時代に入ったカトリック教会に与えられた“新しい預言奉仕者”

   “新しい時代の幕開けを告げる者”であるのが、ステファノ・ゴッビ神父なのだということです。

   その”新しさ”が一時期誤解を生みました。このような預言のスタイルは、現代の誰も経験していなかったのです。

 

   彼は、マリアの霊の直観の中で、思いに浮かぶ言葉を知らせていきました。

   ”主なる神の働きかけ” と “思いに浮かぶ霊的直観” を伝えることが、旧約時代から続く、預言奉仕者の役割です。

   ですから、それは当然、その人間の個性や性格、考えによって多少の影響を受け、個人的な特徴も現れるものです。

 

   私は、第二バチカン公会議直後の1967年にアメリカで最初の恵みの現われの起きた聖霊刷新Catholic Charismatic Renewal

   の集会に参加していましたが、この集会の預言奉仕者たちは、聖霊降臨の後の初代教会のスタイルを表現する信徒の奉仕者

   たちです。当然、それぞれの霊的直観による預言には、個人的な特徴があり、言葉はそれぞれの預言奉仕者の思考や感情が

   影響を与えます。しかし、そこで識別されるのは、この直観がどこから来ているのか、本質的に何を伝えているのか、聖書に

   照らして真理において誤りが無いか、ということです。

  

   また、このアメリカから始まった新しい聖霊降臨の”恵みの波”は、私たちにカリスマについての根源的であり、かつ現在に

   ふさわしい新しい洞察を与えてくれました。それは、主なる神の恵みのカリスマの働きとは、被造物である人間の予測や常識や

   経験を超えて、驚きと共に自由に訪れて働き、あわれみ深き主の臨在と介入を知らせ、その”業”によって、創造主・三位一体の

   愛と主権を示すということについてです。

 

   ですから、預言のカリスマの働きも、そのようなことが言えます。預言のカリスマは、人間の予測や期待や経験、そして常識を

   超えて、絶えず驚きと共に働き、人間が期待し、要望するとおりの「気分の良い安心な言葉」ばかりではありえない、という

   ことを理解する必要があります。時として、警告や緊急の霊的必要に基づいた預言のしるしは、大胆に現れます。

 

   秋田の奇跡について、「あのような厳しい言葉は、マリア様ではない。イエス様は、限りなく許してくれるのだから、あの預言は

   嘘だ。」などと安易に解釈している人々もいますが、聖書を全体としてよく見渡せば、旧約の預言者たちの挑戦的な言葉や、

   新約に記された主イエスの御言葉にも「天の火」(ルカ17:29 )への言及や「聖霊を冒涜するものは許されない。」(ルカ12:10 )

   などの終末的次元への厳しい警告が為されています。また、使徒たちも「終わりの日、終わりの時代」(使徒2:17参照)を意識

   した、切迫した回心への呼びかけを、命をかけて繰り返しています。

 

   当時、勇敢にキリスト・イエスの証しに入っていた最初の弟子たちと共に過ごされた母マリアが、天上に上げられてから、

   再び地上にメッセージを持ってこられる時に、2000年前と同じ、いや、それ以上の切実な心と終末的様相への緊張をもって

   出現されるのは当然ではないですか。

 

   聖霊降臨から2000年近くが過ぎ、世界中で多くの告知が為されました。

   現代、私たちは知識と情報の海に置かれ、また、これほど聖書が印刷された時代はなく、もはや「何も知らない民」ではあり

   えない多くの民族が、御子イエスの贖いの実りである、全世界の霊的刷新と新しい命を軽視し、侮辱しているのです。

 

   多くの相対主義の魔力が、人間を惑わし、真実を見失わせ、新しい命の至上の価値と、神聖な十戒を冒涜する道へ

   進ませています。偽証や涜聖が魅力的な顔で近づき、人を騙して、蔓延して恒常化していきます。

   

   私たちは主の日の価値を見失い、日曜日に聖体祭儀と礼拝に集まらなくなってきています。

   これは、いろいろと言い訳はあるにせよ、誠実さと賢明な努力を伴わないと言う点で、十戒の第一戒と第三戒への反抗と

   破戒です。私たちは自由の誤った認識と、相対主義によって目が曇らされ、とてつもないほど創造主・三位一体を侮辱して

   いることに気づけなくなっているのです。

 

   近代自由世俗主義・民主社会の日本で現れている現象は、私たち素朴な信仰者の期待通りのものではありません。

   それは、日本人信徒の高齢化と減少、日本人の司祭職の召し出しの減少、離婚の増加、洗礼の望みの恒常的な低率化、

   直接宣教の熱意の喪失などの中にも現れています。

 

   つまり、私たちの日本社会と日本のキリスト教共同体は「罪の許しとなる諸秘蹟」を受けられないように、あるいは、関心が

   なくなるように、 または、否定して離れるようにと仕向けられるように方向付けられています。これは実際の現実の客観的な

   分析による事実です。私たちはコマーシャリズムの影響を受け、誇大な妄想の中に身を置くことに慣れ、自分たちの信仰

   生活が現在どのような環境に取り巻かれ、どのような方向に導かれているか、正確に認識しようとしません。

 

   私たちの生活する近代社会は、キリスト教的生活を形骸化する世俗化と相対主義の蔓延によって、主イエスの死と復活の

   贖いの恵みであり、人類に与えられた至上の価値である”新しい命と、罪の許しとなる諸秘蹟”を軽視して見失う状況にあり、

   ”罪の許しの恵みを失っていく”状況に方向つけられていく、重大な決定的危機の中に置かれているのです。

 

   預言のカリスマは、人間の予測通りには働かないでしょう。旅する神の民への”主なる神の導き”は、時として大胆です。

   ”道しるべ”と”注意書き”は、知らない道を歩いている人の予測通りに現れるとは限りません。

   経験や予測を超えて、”注意書き”は現れ、そして、時に厳しい注意もあるはずです。

 

   また、世界の三位一体の民に現れる預言のカリスマは、近代に入ってさらに大胆に注がれて現れ、用いられています。

   クリスチャンの中に注がれる預言のカリスマは、単純に”主なる神の言葉を伝える”というだけのものではありません。

   それは時として、”出来事”や”会話”や”出会い”を通して、また”夢”や”ビジョン”を通して、さらに”内的直観”や”感情表現”

   あるいは”理性的な選択”を通しても現れることがあります。 

   預言のカリスマの注ぎと働きは、主なる神の自由な選びの中で、恵みを注がれた人の言葉と行いを用い、自由に現れます。

 

   必要なことは、目と心を開いて、受け、見い出し、そしてあらゆる善きことを用いることです。 

 

   それらのカリスマは、全て主なる神のイニシアチブによって、聖霊が全き自由の中で多様に働き、思いのままに御心の御計画

   の成就へと導く為に注がれるのです。それは、人間的予測や期待を大きく超え、人の傲慢を打ち砕きながら働いていきます。

 

   笹川姉妹とステファノ・ゴッビ神父に預言のカリスマの注ぎが起きたのは、ちょうど1973年の同じ年です。

   この公会議直後の段階で、預言奉仕者たちは、新しい段階を迎えていたと言えるのではないでしょうか。

   つまり、神の聖性を受けた人間の被造物としての完全さが神に勝利と栄光をもたらす時代から、明らかに弱く不完全な人間の

   中に働く、 ”主の恵みの勝利の時代”への刷新です。それは、初代教会に現れていた” 信仰と恵みの時代 ”への回帰でも

   あります。

 

   世界中の多くの神学者や教会権威は、神学的見地と歴史的考察、霊的識別の中で、弱い不完全な人間であるゴッビ神父

   の預言が疑いえない、新しい黙示的洞察の地平を開くものとして支持し、世界中のローマカトリックの忠実な僕である多くの

   枢機卿や司教も、司祭のマリア運動を支持して参加しています。

 

   日本では、なぜか多くの誤解と噂の流布があり、それが影響を与えて活動が理解されませんでした。

   世界的に見て、これほど偉大で大きな影響を与えた預言はないのに、日本では受け入れられなかったのです。

   それだけ、日本は聖霊を疎外する国なのです。反キリストの霊が支配しています。

   偽りに満ちた、人間の傲慢と罪、そして恐れが、司祭のマリア運動や秋田の奇跡が誤解されるように導いてしまいました。

 

   マリアの小さな娘・笹川姉妹と、バチカンの世界的な預言奉仕者ゴッビ神父という、主の恵みを受け、油注がれた

   二人の預言奉仕者によって、霊的な使徒的証しがなされているのです。

 

   二人の証人がいるとき、出来事は立証されることが可能となるのです。

   それは、使徒の証しの聖書的な見地から見ても、正しいことです。

 

                                                       以上

 

   この内容についての責任は一切、私にあります。

 

   2006年2月11日 日本の建国記念日であり、ルルドの聖母マリアの記念日に (更新)

   心の内なる真実の証しとして

 

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